人工内耳をすれば聞こえる子になる!?

人工内耳とは

人工内耳

人工内耳とは、蝸牛内での音の物理的信号を電気的信号に置き換える役割を、通常片側の耳に掛けたスピーチプロセッサーと頭蓋内に埋め込まれたインプラントといわれる人工の機器に置き換えて、感音性難聴の聞こえを回復させるものです。マイクロフォンによって集められた音をスピーチプロセッサーに計算させて電気的信号をつくり、それを頭蓋内に埋め込まれたインプラントによって送り込み、次に蝸牛内に埋め込まれた24チャンネルの電極により神経系を直接刺激して脳中枢に音を伝えます。

人工内耳を装用するには外科的手術が必要となります。
また、手術後には、医師の指示を受けて言語聴覚士が人工内耳の調整を行う「マッピング」や、周囲の音や言葉を聞き取れるようになるまでの聞き取りの練習など、専門機関での一定期間のハビリテーションが必要です。

人工内耳による聞こえ

人工内耳により、補聴器のみを用いていた頃に比べて、聞こえや会話の明瞭度は大きく改善されたといえます。ただ、聞こえの改善や音声で会話を行える実態にはかなりの個人差があるようです。
特に、音声での1対1の会話では全く問題なくとも、学校の教室、会社の会議室などの環境では聞き取りがかなり困難となります。
そのためでしょうか、当初の予想ほど学齢期の学力が身についていないようだという調査も報告されており、その限界があることを踏まえておく必要があります。

また、個人差という点では、人工内耳を装用しても、2割ぐらいのお子さんに、ハビリテーションを実施しても、どうしても言葉を聞いたり話したりすることよりも、目でとらえることができる情報を優先してしまうお子さんもいるともいわれています。

さらに成人期になると、1対1の会話ができることで、かえって障害があることが周囲に理解されにくくなり、果たして自分が本当に周囲の状況が全て理解できて行動できているだろうかと、常に不安にさらされて生活をしているという話もあります。
いずれにしても、成人期に至るまでの長期にわたる専門機関によるフォローアップが必要と思われます。

人工内耳の進歩

2014年には小児の人工内耳適応基準が改定され、適応年齢が1歳半から1歳に引き下げられるとともに、片耳装用が原則だったものが両耳装用も妨げないとされました。
さらに、耳の上あたりに装用するスピーチプロセッサーは手術不要で交換可能であることから最新の機器に更新することもできます。

プロセッサー内の音を解析して演算処理する速さも大きく改善され、それが人工内耳装用による聞こえや会話のさらなる改善につながるものという期待もあります。

人工内耳と日本手話

人工内耳を装用するまでの期間、そして人工内耳を装用してから始まるマッピングやハビリテーション、言語訓練の期間は、子どもが言語を獲得していく上でとても重要な期間でもあります。
言語訓練が終わってからも、それぞれの聞こえの状態や発音発語の実態は、個人差があり、かなり異なります。

しかし、日本手話であれば目で見てわかる言語ですので、言語を確実にとらえることができます。
人工内耳を装用するまでの期間、そして、人工内耳を装用した後のマッピングやハビリテーション、言語訓練の期間も、一方で日本手話での語りかけをたっぷりと浴びることをお薦めします。
視覚的な言語である日本手話の習得だけでなく、結果として音声日本語の習得にも有利に働くものと考えています。

遺伝子診断と遺伝カウンセリング

遺伝子検査とは

現在、生まれた時から聞こえない、聞こえにくい子どもの内、その半数以上が遺伝子変異によるものであることが分かっています。このような遺伝子変異による聞こえにくさは、その内の30%が「症候群性難聴」であり、残りの70%が「非症候群難聴」といわれてます。

「症候群性難聴」は聞こえにくさ以外にも何らかの症状を伴うものであり300種類以上の疾患が知られています。
「非症候群性難聴」は難聴のみが症状としてみられるものです。どちらも、原因となる遺伝子がかなり多数あることが分かっています。
血液を採取して遺伝子を抽出して調べることで、聞こえにくさの原因となる遺伝子を調べることを遺伝子検査といいます。 

遺伝子診断とは

このような遺伝子変異による生まれた時からの聞こえない、聞こえにくい子どもに対して、原因となる遺伝子が分かったからといって、聞こえにくさを回復する治療があるわけではありません。
人工内耳や補聴器を用いて聞こえにくさを補い、聞こえや言葉の訓練を長期間にわたり行うという点では変わりはありません。
しかし、原因となる遺伝子とその変異の種類が分かることで、難聴の種類や聞こえ方の特徴、ある程度の言葉の聞き取り、そして成長するにつれての聞こえにくさの進行を予測できることがあります。
それにより、人工内耳や補聴器による効果も一定程度予測できることになります。

さらには、原因となる遺伝子の遺伝の仕方が分かることで、次世代の再発率の予測まで可能とされています。
そこで聞こえない、聞こえにくい子どもに対する遺伝子検査による診断がされるようになってきました。遺伝子検査が医療保険の対象となったことから、聞こえない、聞こえにくい子どもの原因遺伝子を調べて、医師が診断を行い、どの子どもの人工内耳の適用や効果予測をするようになりました。これが難聴の子どもの遺伝子診断です。

遺伝子診断と遺伝カウンセリング

最近は難聴の診断が出ると、次は人工内耳への適用等の治療方針を得るために遺伝子診断を行うようです。
しかし、日本では依然として、「遺伝」に対して多くの誤解と偏見があります。
たとえ、両親に遺伝子変異がなくても、精子や卵子がつくられる時に突然変異が起こることもあり、これは確率で起こることであることから誰にでも起こることです。すべての遺伝子が正常な人などこの世には存在していません。
遺伝子が原因となる疾病は、たまたまいくつかの原因となる遺伝子変異が存在したり、そこに育った環境が影響したりして、疾病として表面に現れたことなのです。

そこで、遺伝子診断では、必ず遺伝カウンセリングをセットで行うことが求められています。「遺伝」という現象を、ご両親や関係する人に分かりやすく説明し、「遺伝」についての誤解や偏見を取り除きことがまず必要です。

次に、遺伝子診断そのものの意義や結果の取り扱い、心理的社会的なサポートがあることについてカウンセリングを、しっかりと行うことが大切であると考えます。

遺伝カウンセリングの課題

ただ、この遺伝カウンセリングの根っこには、聞こえないより聞こえた方がいい、音声で話せないより音声でおしゃべりできた方がいいという価値観が横たわっています。

つまり、聞こえない、聞こえにくいということは、医学的な治療の対象であるという考え方です。現に、日本手話という言葉をもつことで、ろう者として豊かな市民生活を送っている大人がいること、そして、社会的な環境を整備すれば、ろう者は社会の一員として活躍できることといった実際の社会での姿を伝える視点が不足しているといえます。

実際に、現実の社会の中にはいろいろな聞こえをもっている人がいて、聞こえる人からほとんど聞こえない人までのさまざまな聞こえ方の連続の中に全ての人が存在していること、遺伝子診断はその聞こえ方の連続の中のどこに位置づいていて、これからどのようにその位置づけが変わっていくのかという予測を示しているにすぎないことを伝える必要があると考えます。